世界最高峰の経済学教室

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書籍情報

タイトル

世界最高峰の経済学教室

発刊 2023年7月5日

ISBN 978-4-296-11649-2

総ページ数 445p

著者

広野彩子

日経ビジネスの記者。本誌、書籍、動画編集、LIVEなど幅広く手掛ける。

出版

日経BP

日本経済新聞出版

もくじ

  • 第1章 ゲイリー・ベッカー 高齢化社会の「人的資本論」
    • 教育や犯罪も経済学で分析したゲイリー・ベッカー
    • 「人的資本」理論の開拓者
    • フリードマンの講義に触れて経済学者を志す
    • 多くの後進を育て、政策にも大きな影響を及ぼす
    • 日本で急速に注目を集める「人的資本論」
    • 経済学を広く紹介する活動にも力を入れる
    • 「インセンティブの経済学」を育てた矜持とリーダーシップ
    • リーダーにとって重要な批判を受け入れる姿勢考える力をつける教育が
    • 経済成長にとっては大変重要だ
    • 日本の経験から理論形成への刺激を受ける
    • 高齢化で人的投資はますます重要になる
    • 日本への助言
    • 今の日本に必要なのは、インセンティブを工夫した柔軟性
    • ベッカーの薫陶を受けた研究者が語るその素顔
  • 第2章 リチャード・H・セイラー 「にんげんだもの」の行動経済学
    • スミス、ケインズ、サイモン、フリードマン……実はとても伝統的
    • 「ナッジ」の社会実装にも貢献
    • 行動経済学のルーツはアダム・スミス
    • 実証経済学を切り開いたフリードマン
    • 行動経済学の現代的起源はジョン・メイナード・ケインズ
    • 「あるべきもの」と「あるもの」
    • サイモンの「限定合理性」概念を発展させる
    • 社会実装に貢献
    • 40年以上「真実を叫び続けた少年」は今
    • 相田みつを氏の言葉をモットーに「ナッジ」とは何か:選択肢を考える
    • エキスパート「選択アーキテクト」
    • 強制でも自由放任でもない第3の方法論
    • 「料理長のお任せコース」のような感じ
    • 一番なくすべきは「自信過剰」バイアス
    • ナッジの政策への応用例:「明日はもっと貯めよう」
    • 「多様性」を重視する
    • 「ナッジ」誕生から14年セイラー教授が思うこと
    • 「王様は裸だ」と叫び続けた
    • ナッジは善意に基づくべきだ
    • ブレグジットは悪い見本
    • 大きすぎる問題にナッジは向いていない
    • 「スラッジ」をなくそう
    • ナッジはもうアップデートしない
  • 第3章 ダン・アリエリー 「利他的な行動」の経済学
    • なぜ人は、予想通りに不合理なのか
    • 人間の行動について現実的で、少し悲観的だからこそ面白い
    • 伝統的経済学では間違いとされる利他的な行動
    • 病院での経験から行動の研究に関心を持つ
    • 最後通牒ゲーム研究が示すもの
  • 第4章 ポール・ミルグロム ビジネスに役立つ経済学
    • オークション理論を切り開く
    • ロバート・ウィルソン氏による研究にミルグロム氏が新知見を加えて洗練
    • 「組織の経済学」研究でも名を馳せる
    • オークション理論と組織の経済学とのつながり
    • なぜ、経済学はビジネスに生かされるようになったのか
    • 独自の枠組みで書き上げた教科書『組織の経済学』
    • 「組織の経済学」の歩み
    • インパクトを与えた「情報の経済学」の登場
    • マッキンゼーの研究成果を取り入れる
    • IT企業で経済学者が活躍する時代に
    • 好きな女性を追ってサンフランシスコへ
    • 提案したオークション理論を政府が丸のみ
    • 「変わった経験があるほうが、後々役に立つ」
    • インセンティブ・オークション理論の開発
  • 第5章 アルビン・E・ロス 「適材適所」を可能にするマーケットデザイン
    • 理論と現実の「セレンディピティ」を求めて
    • 「経済学の考え方を変える革命」
    • マッチング理論のルーツ
    • 市場を設計するマーケットデザイン
    • 日本でも現実への応用が進む
    • 新進気鋭の教え子も精力的に研究
    • 現実と理論との一致を探索し続ける
    • ウォーキングマシンで歩きながらインタビューを受ける
    • より良い市場づくりへの挑戦
    • マッチングの場は素晴らしい「市場」
    • 市場は人間がつくったもの、われわれのものである
    • 取引はスピード競争ではなく価格競争にすべきだ
    • 臓器移植、学校選択、同性婚、「禁断の取引」を考察
    • 市場をうまく機能させるルールを見つけ出すのが経営学者の仕事
    • 大所高所から解説するか、仕組みを解明するか
    • 「治療法がわからなくても、治療しなければいけない」
    • 経済についてはほんの少し分かり始めたところ。だから、面白い
  • 第6章 ジョン・A・リスト アイデアを「スケール」する経済学
    • 無名大学からトップ経済学者へ経済学界の「シンデレラ」
    • フィールド実験の成果を応用
    • 大御所経済学者が避けてきた「実験経済学」
    • ラボ実験からフィールド実験へ
    • 『ヤバい経済学』レヴィット氏との共同研究
    • 社会学的なテーマを積極的に研究
    • ビジネスの最前線で経済学を応用
    • スケールすることを科学にする
    • 「規模の経済」と「規模の不経済」
    • 教育のスピルオーバー問題に取り組む
    • ウーバーの面接で厳しい質問攻めに
    • 「ウーバーノミクス」が得た教訓
    • 航空会社の燃費効率改善に取り組む
    • 「お金ではないインセンティブ」が最初の一手
    • アイデアをスケールしたい組織に必要なもの
    • アイデア実現に必要な「組織文化のスケール」
    • スケールできる組織文化は「信頼」がカギ
    • アイデアを成功に導く「マージナルシンキング」
  • 第7章 ジェームズ・J・ヘックマン 5歳までのしつけや環境が、「生き抜く力」をつくる
    • 「成功するスキルを身に付けるための環境」を長年探求
    • 計量分析手法を発展させる
    • 子供の早期教育プログラムの研究
    • 幼児教育への公的介入は格差問題改善にも役立つ可能性
    • より豊かな人生のための経済学
    • 人生を決定付けるのは「ケイパビリティ(能力)」
    • 人生にとって一番大切なのは「誠実さ」
    • 経験を通じて脳の機能の仕方が変化
    • 質の良い保育所の整備が社会に安定をもたらす
  • 第8章 アビジット・バナジー 成長戦略にはエビデンスがない
    • 二人三脚で多方面に活動、分野の発展に尽くす
    • 貧困削減のためのフィールド実験
    • 早すぎた受賞?
    • ノーベル経済学賞受賞研究の背景
    • 積極的なアウトリーチ活動
    • 情報の経済学研究を志す
    • 研究の最前線で精力的に活動を続ける
    • 絶望を希望に変える経済学
    • 先進国の経済成長のメカニズムは謎
    • 失敗例は1990年代前半の日本
    • 税制は成長より格差緩和に効果
    • 移民のマイナスの影響はきわめて小さく、プラスの影響が大きい
    • 反移民感情は利用される
    • 約70年続いた賃金停滞
    • 先進国では拙速にベーシックインカムを導入すべきではない
    • 大幅な所得増税が必要な国も
    • まっとな経済学は存在感を失ってはならない
  • 第9章 ダロン・アセモグル 政治経済学をデータでアップデート
    • しゃべって論文を量産するスーパー経済学者
    • 政治経済学、労働、イノベーション各分野でフロンティアを切り開く
    • 大きな概念をシンプルなモデルで導き出す
    • 「ケンブリッジ資本論争」を超えて
    • 「モノプソニー」より「レント・シェアリング」
    • 内部留保とイノベーションの関係
    • 「インクルーシブ」の提唱
    • 収奪的な成長と、全員参加型の成長は違う
    • 権威主義型政治体制は長続きするのか
    • 格差のない全員参加型の社会は存在するのか
    • 全員参加型の政治制度のもとでの政治的平等こそが重要
    • 稼げる社会とは良い人的資本に恵まれた会社
    • 日本はマクロ政策に頼りすぎる
    • 制度改革は、歴史的な条件がそろって初めて実現する
    • 自由・民主主義・リヴァイアサン。社会規範
    • 豊かさはリヴァイアサン=国家の権力と社会とのバランスで左右される
    • 3つの異なる「リヴァイアサン」
    • 社会の進歩とは、民主主義を維持するために不断の努力を続けること
    • 「人工知能(AI)には規制が必要だ」
    • 正しい社会規範こそがリヴァイアサンの「足枷」
    • メディアの編集者は「門番」
    • ESGの実効性は疑わしい、ウェルビーイングははやり
    • 生成AIへの警告
  • 第10章 ジョセフ・E・スティグリッツ 高齢化から付加価値を生み出せ
    • 「新しい付加価値の計測」を経済学的に追究
    • 「非対称情報による市場の分析」でノーベル経済学賞受賞
    • 宇沢弘文氏に師事
    • 社会全体の生産性を向上させる
    • 「学習する社会」を提唱
    • 地球規模の目線で世界経済を考え続ける
    • ウェルビーイングを「計測」するために
    • 統計開発者のクズネッツもGNPを批判
    • 幸福、豊かさの指標の探求
    • さまざまな指標開発の試みが続く
    • プログレッシブキャピタリズム(漸進的資本主義)を目指せ
    • 日本人はもっと世界の英語コミュニティに入れ
    • 「どう生きるか」からライフスタイルを考える
    • ビヨンドGDP:GDPだけで経済は測れない
    • 適切な規制により「悪貨が良貨を駆逐」を防ぐ
    • 低金利が続く世界、経済が弱すぎる
    • 政府の大きな失敗:格差の容認、財政支出削減
    • ステークホルダーに加え政府も重要
  • 第11章 ダニ・ロドリック 新しいグローバル化、新しい産業政策
    • グローバリゼーションへの新鮮問題提起
    • 国家主権、グローバル化、民主主義のトリレンマ格差の拡大、低成長を予見
    • 「経済学者でない人への十戒」
    • グローバリゼーションの本質を捉える
    • ハイパーグローバリゼーションの終わり
    • 「政治経済のトリレンマ」は今
    • まずは国内経済の安定を
    • サービス業で雇用を増やせ
    • 「憂鬱な科学」の功罪
    • 民主主義に不可欠な経済学の知見
  • 第12章 ラグラム・ラジャン グローバリゼーションは死なない
    • 本当に起こっていることを直視するエコノミスト
    • サブプライムローンの危険性をいち早く警告
    • 日米金融政策の動向について取材
    • 市場、国家、コミュニティの均衡が重要
    • 今後もインフレは続くのか
    • ソフトランディングの可能性は低くなっている
    • 日銀の出口対策は月の総裁の手に
    • 脱グローバリズムの動きをどう見るか
    • ジャストインタイムは困難?
    • フレンドショアリングは危険な概念
    • 自由貿易に対するコミットが必要
    • 決済チャネルは制裁の対象にすべきではない
    • 貿易維持のためには労働者の再教育を
    • コミュニティ再生を「自分ごと」に
  • あとがき
  • 各章収録のインタビュー記事 ―初出一覧
  • 人物索引
  • 事項索引

まえがき

 経済学は何が面白いのだろうと、素朴な問いにとりつかれるようになりました。現在のようにインターネットが十分に発達していない時代です。

 新聞、メディアで目にする経済学者の名は、ケインズ、フリードマン、シュンペーター、たまに批判的マルクス、そしてアダム・スミス中心でした。全世紀以前の古典的な学者です。

 科学については、毎年のように違う話題があがります。なのに、経済環境も政治も社会もありようがまるでちがうのに、古典的理論が繰り返し引用されるのです。

 米国で活躍する世界最高峰の経済学者12人に、政治・経済・社会・ビジネスにおける目の前のテーマや世の中の理解にどう役立つのか、その時々のテーマに沿ってしつこく尋ねたました。本書は、その取材をまとめた集大成です。

日本への助言 ゲイリー・ベッカー

 現代の高等教育では、どうしたら知識を得られるかを教えています。教育を受けた人はインターネットを活用する方法を、教育を受けていない人よりも理解しています。相手が年下でも、違う考え方の人の批判に耐える力をつけましょう。
 人口減少に関しては、1世帯での子どもを微増する政策として補助金を設けるのも有効です。子どもを産んでもらうなり、高齢者にスキルを身につけてもらうなりしてもらうには、お得なことを示さなければなりません。
 移民を受け入れて、インセンティブを与えることで子どもを増やすことは、今の日本経済をより良くしたいと考えるなら必要です。

 モノカルチャーな風土の日本でも、多様性の現実が叫ばれて久しいのです。さまざまな意見を異端視してはねつけるようなことをせず、きちんと聞いて理解する柔軟性が求められています。

 心の在り方を鍛えるには、自由闊達に議論できる仕組みと環境を、組織や教育の現場で意図的に整備する必要があることでしょう。

IT企業で経済学者が活躍する時代 ポール・ミルグロム

 2010年代はIT企業などで経済学者を雇うのが目立つようになりました。

 スタンフォード大学のミルグロム氏の教え子であり、米マイクロソフトのチーフエコノミストだったスーザン・エイシー氏にインタビューし、学術の進歩がビジネスやより良い実現のために応用されていくさまを目の当たりにして、大きな躍動感を覚えたのです。

 エイシー氏は、ノーベル経済学賞の登竜門ジョン・ベイツ・クラーク賞の受賞者です。その受賞を紹介する雑誌の記事を読んだマイクロソフト当時のスティーブ・バルマーCEO(最高経営責任者)とコンタクトしたことで、マイクロソフト就任が決まりました。「ビッグデータ分析の進化によって、社会科学には革命が起きつつある」と興奮して話していたようです。

インセンティブが最初の一手 ジョン・A・リスト

 思わぬコストがわかっても、働く側が長年慣れ親しんだやり方を変えることは、頭で考えるよりも難しいのです。

 公共インフラに新しい技術を導入する場合は、お金以外の刺激策が必要です。例えば、「あなたの近所の80%が再生可能エネルギーを使っています」と伝えれば、再生可能エネルギーの導入をある程度増やせるのです。
 本格的に新技術の導入を促すなら、2回目、3回目の呼びかけ時に料金の値下げを検討する必要があります。お金以外のインセンティブは、スタート時にだけうまくいくものだからです。

さらに、「エビデンス」について話します。

 スマートサーモスタットという家庭の室温を自動的に調節する装置があります。技術者はユーザーが賢く装置を操作してくれると仮定していました。ところがプリセットされた機能を解除して好きなように使ってしまい、何の節約にもならなかったのです。
 新しい技術を市場に投入するときは、製品やサービスが使われる場面をきちんと理解しなければなりません。『市場に基づくエビデンス』を見抜きましょう。売りたい市場はどこで、どのような状況でどう使われるのか。
 アイデアを規模を考える時、何がネックになるのか、徹底的に突き止める必要があります。

サービス業で雇用を増やせ ダニ・ロドリック

 経済全体のイノベーションでは製造業が群を抜いて大きな役割を担うから、引き続き製造業は重要です。けれど、自動化、ロボットやデジタル化で集約が進み、雇用を大幅に増やさなくても生産量を増やせます。
 経済背長の恩恵が広く共有され、労働市場がすべての人に生産的な機会を提供し、包摂的な社会をつくるうえでは、サービス業の生産性を向上されることが大切です。
 医療、介護、小売りなど、雇用の大部分を吸収するのはサービス業だからです。日本は伝統的に輸出志向で競争力のある生産性の高い製造業と、相対的に生産性の引く非貿易サービス業という大きな二元性があるとして知られています。
 今後はサービス業の仕事に多くの人材が求められるでしょう。

 日本は円安になり一時期は歓迎しましたが、欧米がインフレに向かう中で円安が進み、懸念する声が広がっています。

 私としては、円安が不均衡を助長したり、インフレがコントロールできなくなったりしない限り、円の動きにはあまり懸念はありません。
 気になるのは、中間所得層の生活はどのような状況下、労働市場での雇用の創出は十分だろうか?地域間格差には目配りできているだろうか?人々は自分たちの将来に楽観的なのか、悲観的なのか、一体、どう感じて暮らしているのだろうか?
 こうしたことは、サービス業の動向に左右されると思う。

あとがき

 研究者の発信スタイルはさまざまです。政治・ビジネス・インフルエンサーが発するアジェンダのトレンドなどを観察すると、今後社会にインパクトをもたらすジャンルが何なのか見えてくるかもしれません。AI、気候変動、ウェルビーイングは今後も議論が続くでしょう。

 筆者の価値観と感心を軸にして、それなりに役立つ面白い知識が収まってきました。専門領域にとらわれ過ぎず、誰にでも話を聞くことができるのがジャーナリズムの強みであると、つくづく思います。

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