最後の海賊/著者:大西康之

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書籍情報

タイトル

最後の海賊

楽天・三木谷浩史はなぜ嫌われるのか

発刊 2023年9月5日

ISBN 978-4-09-389130-1

総ページ数 253p

著者

大西康之

日本経済新聞社入社。日本経済新聞編集委員、日経ビジネス編集委員などを経て16年4月に独立。

出版

小学館

もくじ

  • プロローグ 冒険へ
    • 商談
    • 追い風
    • 世界標準の赤字
    • バルサと300億円の契約をした理由
    • ウクライナ支援にかかわるもうひとつの国際会議
    • デジタル義勇兵と分散型国家
    • 「インドの国民病」頭頸部がん克服の切り札
    • 出光佐三、本田宗一郎、盛田昭夫…海賊たちの末裔
  • 海賊の仲間たち タレック・アミン
    ヨルダンで生まれ、米国でITを学びインドで格安携帯革命を起こした天才
    • 「やっぱり日本の携帯料金は高すぎるでしょ」
    • 三木谷に決断させた男
    • ドラえもん、そしてバルセロナ
    • 月額1ドルの携帯電話
    • 「その話、うちの三木谷にしてみないか」
    • 通信の世界の「アポロ計画」
    • 「もういい、俺は心中する」
    • 孫の起業家引退
    • 「気がついたら、みんな一線を退いちゃってたんだよなあ」
  • 海賊の仲間たち 矢澤俊介
    駅前留学の営業マン、社長になる
    • 新社長は「駅前留学」の営業マン
    • クルマも半額、カニも半額
    • 8人の戦国武将と蘭丸
    • 「アンテナを立てさせてください」
    • 「ベンチャーだか便所だか知らんが……」
  • 海賊の仲間たち 百野研太郎
    トヨタ出身の「軍師」が持ち込んだ世界一の夢
    • 三木谷の代わりに宅店を率いるとすれば
    • ジャパン・バッシングの嵐の中で
    • 「一緒に世界一を目指しませんか?
    • イノベーションとオペレーション
  • 海賊の仲間たち 内田信行
    安全地帯より危所を選んだ「通信のプロ」
    • ドイツへ「完全仮想化技術」を輸出
    • 素人集団に来た「救世主」
    • 「いちばん最初に潰れる」と言われた会社へGO
    • 「楽天の勝ち目は薄い……」
    • 変化しなければ死ぬ
    • ひょっとしたら、楽天は成功したのではないか」
    • 「三度目の正直」か「二度あることは三度ある」のか
  • 海賊の仲間たち 廣瀬研二と穂雅之
    光栄を守るふたりがいるから攻めに行ける
    • 「三木谷は嫌い」
    • バブル崩壊のトラウマ
    • 起業家で銀行家
    • 俺のボスは妻の晴子と廣瀬のふたり
    • あだ名は「嫌と言わない男」
    • 49歳で初の転職
    • カード会社は火の車だった
    • 楽天銀行上場の次
    • 生きるか死ぬかの瀬戸際
    • 大勝負
  • 海賊の仲間たち アベル・アヴェラン
    「スペースX」のイーロン・マスクに挑む男
    • 衛生の星座
    • 宇宙に強大なアンテナを浮かべて
    • 「今はまだ書いちゃダメだぞ」
    • エリザベス女王が来た
    • 松下幸之助の本田宗一郎も盛田昭夫も中内㓛も
  • 海賊の仲間たち アンドレス・イニエスタ
    ぼくが日本に来た理由
    • 年俸総額トップで最下位
    • 事態をこじらせるいわずもがなの一言
    • 倒産ヴィッセルを引き受けた三木谷親子の19年
    • 大リーグと〝不平等条約〟を結んでいた日本プロ野球
    • 帰ってきた田中将大
    • 〝和製マネーボール〟で日本の野球を黒字化する
    • 金も出すが口も出す
    • 「楽天がトヨタ、ソニー並みのブランドになれたらいい」
    • イニエスタとの約束
  • 海賊の仲間たち 黒坂三重
    ハードシングス_つらい別れの時
    • ネット産業の黎明期を駆け抜けた女
    • 6人のベビーシッターを雇って
    • 「皆、みんなここに集まったんだよね」
    • 「うちの娘はね、三木谷さんの右腕なんだよ!」
    • 「もう俺たちはいらないってことだろ」
    • 「日本の携帯電話はウェルビーイングじゃない」
    • 恩返し
  • 海賊の仲間たち 蘇上育と新入社員たち
    だから台湾の天才は海賊船に乗った
    • すい臓がん
    • 〝先端医療研究の総本山〟で孤軍奮闘していた男
    • 三木谷一家の問題児
    • 「浩史のことを、よろしくお願いします」
    • 第5の治療法
    • 台湾から「世界選抜」のエンジニアとともに
    • 東大生就職先3年連続第1位
  • エピローグ 名参謀の死
    • 秘史
    • 三木谷が朝会で泣いた理由

プロローグ ウクライナ支援の背景

 日本のSNS利用者はLINEを使っていることが多いですが、ロシアやウクライナではバイバーを使っていることが多かったのです。宅店は2014年にバイバーを買収しています。中・東欧アジアで使われている利用者数14億人のSNSです。ウクライナではスマホ利用者の97%がバイバーのアプリをダウンロードしており、テレグラムに次ぐ人気があります。

 世界のIT・ネット企業に支援を呼びかけたフェドロフは、楽天を「アジアを代表するテック企業」と認識し、対ロシア戦での共闘を呼びかけてきました。そこで楽天は、ロシアでのバイバーのサービスを停止し、ロシアからのプロパガンダ広告を削除したのです。同時に、ウクライナ国民を支援するため、バイバーから電話をかけるときは電話料を無料にしています。

 ウクライナには携帯電話会社が3社あるけれど、欧州製や日本製より格安な中国のファーウェイ製の基地局を使っています。ロシアとの戦争が終われば、通信網を再構築することになります。

 フェドロフが関心を示しているのが、楽天モバイルが2024年以降に実用化を目指す衛星モバイルです。衛星モバイルはスペースXのスターリンクが有名ですが、楽天も衛星モバイルを手がける米通信ベンチャー「ASTスペースモバイル」に20%出資しています。「地上がこうげきされても確実につながる衛星モバイル」は、是が非でもウクライナが導入しておきたいサービスです。

 フェドロフは楽天を加えた「デジタル4フリーダム」で語った内容は、戦争後にどんなデジタルインフラを構築していくかというものでした。

アンテナを立てさせてください 矢澤俊介

 蘭丸・矢澤が三木谷に「(楽天)モバイルをやれ」と言われたのは2018年10月です。完全仮想化ネットワークはタレック・アミン(元・楽天モバイルCEO)の頭の中でこそ完成していたが、実際にアンテナを立て基地局を開設し何百人が使えるリアルの通信網を構築するのは別の話です。

 3メガのインフラ建設で実績のある建設会社に任せていたが、彼らの仕事の進め方は、NTTドコモの電電公社時代のままの「お役所仕事」そのもであり、楽天のリズムとまったく合いません。

 結局、視察に入って全然ダメだったので、「アンテナ設置もウチ主導でやる」と矢澤に難題を与えました。地権者やビルオーナーとの交渉、設置場所の確保、用地調査、建設といったサイクルをひたすら繰り返す地味な作業です。2023年には9万局を超えていますが「つながりにくさ」が解消されず、建設が続いています。

 2020年の秋、三木谷は東京・丸の内に本社を構える大企業のトップを訪ねました。
 「アンテナを立てさせてください」
 「中庭に携帯電話のアンテナを立てさせていただきたいのです」
 「賃料はお支払いします」
 ビルを所有する会社に乗り込み、トップ交渉でアンテナの設置場所を確保したのです。他にも大手家電量販店、コンビニチェーン、日本郵政に足を運び、協力を求めました。

宇宙に巨大なアンテナを浮かべて アベル・アヴェラン

 楽天モバイルの人口カバー率が96%に達しています。残り4%をカバーするために衛星コンスタレーションを使うのです。

 ASTの衛星コンスタレーションは地上から約730kmの低軌道に人工衛星を打ち上げ、通常のスマートフォンで直接通信できるようにします。

 衛星コンステレーションに挑んでいるメンツは、イーロン・マスク、ジェフ・ベゾス、孫正義、三木谷浩史です。グローバルにビジネスや投資を展開する4人は、国境を超えたインターネット通信の確保が何よりも大切であることを知っています。

 三木谷がASTを選んだ理由は戦争より災害への対応のほうが大きいです。阪神淡路大震災で身内を亡くした後に起業しています。会社を休んで被災地に直行し、瓦礫の中で叔母夫婦の姿を探した経験は、三木谷の人生観を変えました。

イニエスタ・バルサ効果

 日本に三木谷との約束「バルセロナでのサッカーメソッドを教える」という目的を果たすために、ヴィッセル神戸にイニエスタが移籍してくれました。

 「楽天シンフォニー」が米欧の巨大通信会社に相次いで完全仮想化の技術を売り込めた背景には「ああ、バルサのスポンサーのRakutenね」という安心感があるからです。AT&T、シスコ、ノキアといった老舗企業を、あれほど早く味方につけることはできなかったでしょう。

 この知名度はインド工科大学の学生を2021年に100人以上採用できたことにも繋がっています。

 さらに楽天市場、楽天カード、楽天トラベル、楽天銀行にもこの知名度は活かされているのです。

 イニエスタが教えた世代がトップリーグで活躍するようになりました。ヴィッセル神戸は23年シーズン、折り返しを過ぎた21節の段階で首位に立ちます。イニエスタの「美しく勝つ」サッカーの種は、日本の土壌でゆっくり芽吹こうとしているのです。

6人のベビーシッターを雇って 黒坂三重

 三木谷は、ワイノット日本法人の買収を決めて、資産査定が終えてすぐに10月1日に長女を産みました。

 楽天に買収されたと言っても、子会社になっただけで株式会社としてのワイノットは存続しています。

 出産から戻ったばかりの黒坂に三木谷は言います。

 赤字の会社を買ったつもりはない。初めて黒字会社を買収したと自慢していたのにどうするんだ

 カチンときた黒坂は6人のベビーシッターを雇って万全の育児体制を敷き、営業の前線に戻ります。6人のベビーシッターに払う費用は月60万円です。黒坂の年収を超える出費だったが、「自分の時間をかうためにつぎ込んだ」とブログに書いています。

エピローグ

 ECサイト「楽天市場」で、地方の中小企業を〝全国区〟に引き上げました。その後もプロ野球や金融や携帯電話でエスタブリッシュメントに挑み続けています。既得権を持つエスタブリッシュメントに挑む新参者に、この国はとても冷たいものです。

 エスタブリッシュメントに勝てる見込みは万に1つですが、勝てば「海賊」は「英雄」になります。ビル・ゲイツ、スティーブ・ジョブズ、ジェフ・ベゾス、イーロン・マスク、常識に縛られず、恐れを知らない若者たちが、イノベーションを起こして巨人を打倒してきました。

 日本では、0から1を生むために暴れまわるイノベーター、すなわち「海賊」が絶滅しようとしています。三木谷はその系譜を途絶えさせまいとベンチャー起業の経済団体、「新経済連盟」を立ち上げたが、未だ自分を脅かす挑戦者は現れていません。

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