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※そのままの文章ではありませんが、試し読みする感覚でお楽しみください。
目次
書籍情報
獲る 食べる 生きる
狩猟と先住民から学ぶ”いのち”の巡り
発刊 2023年8月1日
ISBN 978-4-09-389120-2
総ページ数 251p
黒田未来雄
1994年、三菱商事に入社。国産自動車のアフリカ諸国への輸出を担当。1999年、NHKに転職。ディレクターとして「ダーウィンが来た!」などの自然番組を作成。北米先住民の世界観に魅了され、現地に通う中で狩猟体験を重ねる。
2023年に独立、狩猟体験、講演会や授業、執筆などを通じ、狩猟採集生活の魅力を伝えています。
小学館
- Prologue
- 遙かなるユーコン
- 巡りゆく教え
- Hunting Sketch
- Life is once
- 単独忍び猟 事始め
- 天罰
- 泣いた烏
- 言葉なき対話
- You are what you eat
- 脚をなくした雄鹿
- Monologue
- 還るべきところへ
- 一本のナイフと二人の男
- if/then
- ヒグマ猟記
- 置き手紙
- Epilogue
- あとがき
Hunting Sketch
森の中で見る野生動物の美しさには目がくらみます。立ち姿、黒目の奥深さ、森に適応したフォルムだけにあるのではありません。彼らには覚悟があります。その地に生まれ、同じ場所で土に還ります。精一杯に生を謳歌し、子孫を残すのです。自然は厳しく、代償は己の命です。
「座れ、動くな」とキースが私に合図すると、流れるような動きで銃弾は送り出されました。
50メートルほど先で雄鹿がガクリと膝をつきました。倒れた雄鹿の傍らに立ち様子を観察します。弾は頸椎を貫通し、一瞬で絶命していたことがわかりました。キースは、止め刺し(確実にとどめを刺す)と血抜きを行った。放出される血は、水道の蛇口を全開にひねったような勢いで流れ、地面と平行に噴き出す真っ赤な流れができます。
ナイフが僕に手渡されました。この命をこれから肉にしてゆくのだ。
からあげにトンカツ、ステーキ、肉汁が滴るものが口腔ないに満たされた瞬間に気分は昂揚するものです。食べた肉は消化され、物理的に自分の体を作り上げるパーツとなります。
泣いた烏
野生動物から受け取った大切な教えを語り継ぐべきではないか、そう思い至った私は、相談があれば狩猟免許を持っていない人たちでも鹿撃ちに連れてゆくようになりました。
鹿の足音に近い歩き方で山を散々歩き、やっと見つけた子どもの雄鹿をしとめました。止め刺しをするときは、まだ意識が残っていて、ビェェェェと弱く鳴いています。そしてナイフを入れて血を綺麗に抜いていきました。連れて行った人は一部始終を見守っていました。2人の子どもを持つ彼女が、子鹿の死をどのように受け止めてくれたのでしょうか。彼女の目は涙で赤く腫れていました。
お昼になり、鹿の肉を使った即席の焼き串が完成する。労働による空腹の中で、こんがり肉を頂くのは、べらぼうに旨いのです。肉をなかなか噛み切れずに悪戦苦闘している彼女と目が合い、同時吹き出しました。
「今泣いた烏がもう笑う」感情の移り変わりが激しい子どもに使われることが多いが、狩猟の場に初めてくる大人にもしっくりきます。本気で嬉しいけれど、笑い続けているわけにもいかず、心のままに、泣いて、笑って、それでいいのです。
ヒグマ猟記
5年目となる猟期は、全身全霊でヒグマと向き合いたいと思っていました。たくさんの足跡や鹿を食べた跡など、もう少しで手が届くまでに迫っておきながら、あと一歩及んでいません。
ヒグマを撃った人に会うたびに、どうすれば獲れるのかをしつこく聞きました。ところが、納得のゆく答えは返ってこないのです。「狙って獲れるものではない」といった意見ばかり聞くことになりました。
ヒグマが出したモノも観察し、山葡萄にドングリ、ジャリジャリにかみ砕いたオニグルミの殻だらけの糞もあります。ヒグマといえば、豪快に鮭を食べているイメージが強いが、食べるもののほとんどを植物が占めています。甘いものに目がなく、虫歯になっているヒグマも珍しくありません。コクワや山葡萄が山のどこになっているかを念入り見て回ることにしました。
雪のない10月、大きな足で落ち葉を軽く踏むヒグマの足跡は分かりにくく、たまたま泥の上を歩いた時だけしか、明確には残りません。苦労しながら、僅かな手がかりを1つ1つ拾い上げていきます。
斜面に生い茂る、深淵のシダの中。黒いものが蠢いているのに気づきました。コクワが熟しているポイントに向かい、よくつかわれている獣道が森の中を縫うよう通っているのを知っていました。体は横向き、頭下げていて見えず、下半身も草に隠れています。見えるのは太い首から肩口のみ。あまり大きくはないが、子どもでないのは確かです。距離は50メートル弱。射程圏内とはいえ、致命傷を与えることができなければ、全速力で飛び掛かってきたヒグマに対し次の弾丸を急所に打ち込まなければならないかもしれません。しかし、その時はそんなこてゃ一切考えていませんでした。弾を外す気も全くしなかったのです。明鏡止水とはこのことだろうか、ヒグマを目でとらえてから、狙いを定めるまで、10秒もかかっていません。
かなりの致命傷を与えた手ごたえがありました。ヒグマはその場では倒れず、斜面を駆け下りていきました。次弾を装填し、射撃姿勢を保ったままで見守ります。すると熊が消えた方向から子熊が飛び出てきました。今年生まれの当歳子です。自分が撃ったのが子連れの母熊だと知りました。苦い思いがこみ上げます。「もし雌を撃ったのなら、子っこまで全部撃て」というのが普通です。子熊を撃ち、その命が軽い音を立てて転がっていきます。
母熊を探さなくては、そう思った時、ふいに動機が速くなりました。手負いのヒグマほど危険なものはありません。瀕死の重傷を負いながらも巧みに身を隠します。最後の一撃を食らわせる力を温存しながら、じっと追っ手を待つのです。ヒグマ猟における死亡事故の典型が、手負いにした熊を追跡する中で反撃されたというものになっています。しかし、撃った獲物にとどめを刺し、肉を回収するには、見失ったヒグマを探す以外に方法はないのです。
念入りに警戒しながら探すと、反応のない大きな黒いものを見つけた。弾は狙い通りに首から着弾しており、頸椎を破壊したわけではないが、命を奪うには十分でした。
美しきヒグマたちの命は散りました。母のそばを離れずに撃たれた子熊が2匹います。1匹の命乞いする目が、頭から離れません。
血抜きをしなければ、運べないので行いますが、その場で解体を行うのは危険です。ヒグマはヒグマの肉を好みます。仕留めた後も、ヒグマは気が抜けないのです。また、繫殖期を過ぎても、雌熊には雄が付きまとっている可能性があります。何度も往復し、荷物と母熊と子熊を林道に降ろし、車に載せて解体作業場へと移動しました。
胃を開けた時に衝撃だったのは、全部、真緑のコクワでパンパンでした。腸から肛門まで緑一色です。前の週に林道上で見た緑色の糞は、この雌のものだと確信しました。
あとがき
狩猟と同じく多くの獲物を逃しながらも、心の片隅に引っ掛かっていたものたちを、何とか文字につなぎ止めて仕立てた本です。
最後まで読んでくださった皆様のことも既に友人のように感じています。いつか一緒に、山に獣を追う日がくることを願っています。
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