短編集『現代生活独習ノート』

 悪くはない、冴えない日常の「今」が詰まった8つの物語。

 ここでは、それぞれの概要をできるだけネタバレなしで紹介していきたいと思います。

書籍情報

タイトル

現代生活独習ノート

著者:津村紀久子

 2005年に太宰治賞を受賞してデビューしました。いままでに野間文芸新人賞、芥川賞、織田作之助賞、川端康成文楽章など、さまざまな賞を受賞してきた作家です。「短編の名手」言われています。

出版

講談社

ストーリー

レコーダー定置網漁

  主人公は新入社員の採用担当者で、だらだらと過ごす休日にレコーダーに撮っておいたコロンボの傑作集を眺めるのだった。

 若い人のSNSでの情報発信を、採用担当として確認しなければならない立場になる。会社としては、個人情報などを適切に扱えるひとを慎重に選びたいとの考えである。学生のSNS確認作業は、かなり骨の折れる作業だった。帰って、非現実的なコロンボに逃げたくもなるものだ。

 レコーダーの自動予約はコロンボ傑作集の配信が終わると、その時間にやっている別の番組を録画していた。コロンボはわずか10話ほどで終わっていて、後は永遠と「コロンボ」の名前で別の番組が録画されていた。

 休日に旅行をする気も無くなっていて、暗い部屋で横になっていることが多かった。そんな私は「コロンボ」の中に録画されている番組を確認していくのだった。

台所の停戦

 たまに娘は、お菓子を作りたいという。のんびりしたい日曜の夕方に起こされて、台所を使いたいというのだ。幼女向けの雑誌には、ときおりお菓子の作り方などが掲載されていて、私はそれをっちょと疎ましく思っている。なぜ、焼き菓子をいちから作らねばならないのだ。

 娘は、私の予想に反して、家庭科の授業で習った炒め物をしたいという。500円を渡して買い物をさせたはいいものの「小分けにしたものを買ってきて頂戴」と言ってしまったり、娘の手際の悪さにヤキモキしたり、思う時間に台所を使えなかったりでイライラしてしまう。

 私の母はどうだったかな。と思い出し…

現代生活手帖

 『現代生活手帖』という毎年発行されているカタログ雑誌がある。AI機能のついたロボットが載っていて、ニッチな部分の生活を豊かにしてくれる商品を取り扱っている。

 私(主人公)はティーサーバー『執事』という商品が気にかかっている。なんでも、日ごろの紅茶やコーヒーを淹れるタイミングを自動化できる商品で、人気があるようだ。何かと手間のかかる嗜好品の準備を軽減してくれるとあって、購入を検討している。

 そして、『現代生活手帖』の今年度版が発行されるのであった。『現代生活手帖』が読みたくて仕事が手につかずにいると緊急のメールが届く。仕事相手からのメールだ。
「父が急逝したので、明日の13時の飛行機で郷里に帰ります。どうぞ、正午の納期を厳守ということでお願いします」
 頭をしゃっきりさせ、仕事に取り掛かるのだった。

牢名主

 A(アドリアナ)群は、構って欲しいくて、束縛し、搾取する側の人たち。B(バーバラ)群は、繊細さんで、支えてあげたくなり、搾取される側の人たち。B群の側だと気づき、会社を辞めてまでA群の人と距離をとっている。なんとか、前の会社の人には知られずに生計をたてている。

 名前や連絡先を交換するのもNGとされている、B群の方々が集う会に参加してみると….

粗食インスタグラム

 SNSを開くと胸が痛くなるような華やかな凝った食事の写真が並ぶ、頭がぎゅうぎゅうと痛くなるのを感じて食事を配信しているアカウントのフォローを外す。

 なぜ、きれいな食事を見ると辛いのだろうか。食べ物についての判断が人間を疲労させていることも確かだとは思わないか? 数年前によくみていた、「貧弱な食事」というブログを眺めた。やはり、安心する。

 上司は、間食をしてしまうとこを気にしていて、間食の記録を妻と交換することで、食欲を抑えるということをやっていた。自分にはべつに画像を交換する相手はいないけれども、画像SNSに貧相な食事をのせてみようかなと考える。

 【×月×日 クラッカー+水 】の初投稿をする。

フェリシティの面接

 どんな場合も想定して、絶対に遅刻せず、機械のように先の物事を予測するフェリシティ。どんな戦争の悲惨を目撃しても動じた素振りをみせない。

 そんなフェリシティに、住んでる部屋の上の階で殺人事件があったことを相談しようと…

メダカと猫と密室

 小西係長の5度目の仕様変更に嫌気がさして、資料室にたてこもる先輩。資料室には「メダカ」などの見られてはいけないものがあった。

イン・ザ・シティ

 学校の放課後に都市をつくっていくシミュレーションゲームで遊ぶコミュニティのお話。地図上の地形などを考えて地図を見直していく。

 家庭科の授業、スケートボードに乗っている時にもゲームの事を考える。現実の時間にゲームが入り込む。

著書の魅力

 日常の中で、何と無しにしてしまうことの納得感がハンパなかったです。レコーダー定置網漁の話で、「コロンボを眺める」というのがありました。
 私も似たような経験があります。夜勤で帰ってきて一旦はすぐに寝てしまうのですが、すぐに起きてしまってamazonプライムの適当なドラマを永遠と眺めてしまうことがあったんです。
 目覚めの良い朝にイキイキとシーズン2を観ると凄くつまらなかったりするわけですが、ナイトで観るドラマや映画はなんて面白いのでしょう。そして、ナイトで映画を立て続けに観ているときに、ふいにヒロシさんのキャンプ動画をみて、急に「旅行でもいってみるかな」となったことがかなりあります。

 2つ目の台所の停戦でも、同じことを思うひとはいるでしょう。私には子どもがおりませんが、想像に難くないとおもいます。小さい娘さんがいたら、今の洋服は凝っていますし、お菓子などもキラキラしているはずです。
 想像ですが、おもちゃの台所セットなんかのニンジンを踏んづけて壊してしまった時を思い浮かべます。「なんでこんなところに」とか、単純に「痛い」とか、めちゃくちゃ腹立つのに、怒れない…のような似たような状況があるのではないでしょうか。

 普段の何気ない「あ~、あるな~」が、楽しめる書籍となっていました。お笑いでもそうですが、「あるある」はエンタの1つだなと感じています。普段の中で経験するから面白いネタは、なぜかほっこりするのです。

 SFチックなものからミステリー要素もあり、短編が続くので飽きずに1話1話読めると思います。短編集は区切りの良いところで終わりにできるので、続きが気になって寝られないということがないのが、個人的に最大の魅力だと感じています。

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