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目次
書籍情報
ピーター・ドラッカー
「マネジメントの父」の実像
井坂康志
ものつくり大学教養教育センター教授 商学博士。
岩波書店
- はしがき
- 第1章 破局 1909―1928
- 第1節 幼少期の環境
- 出生
- ウィーン第19区
- 第一次大戦ー文明の崩壊
- 不適応と転校
- シュヴァルツヴァルト小学校
- デブリンガー・ギムナジウム
- 第2節 時代への目覚め
- ラーテナウ暗殺
- サロンでの出来事
- アトランティスからの報告
- ウィーンを去る
- 商社に就職
- 若きキルケゴール主義者
- 働きながら学ぶ
- インターミッション① 憧れーオペラ『ファルスタッフ』
- 第1節 幼少期の環境
- 第2章 抵抗 1929―1948
- 第1節 フランクフルトからロンドンへ
- 大外れの初予測
- 新聞記者生活
- フランクフルト大学
- 『フリードリヒ・ユリウス・シュタール』(1933年)
- 知識ある者の裏切り
- ウィーン一時寄留からロンドンへ
- フリードバーグ商会の人々
- バジョットへの敬意
- アカデミック・ポストの探求
- 日本美術とのであい
- ドリス・シュミットと結婚
- 第2節 新天地アメリカ
- 渡米
- 記事の売り込み
- 『経済人の終わり』(1939年)
- 雑誌王ヘンリー・ルース
- ベニントン・カレッジ時代
- 『産業人の未来』(1942年)
- GMの内部観察
- 『企業とは何か』(1946年)
- インターミッション② 『傍観者の時代』の危うい筆法_カール・ポラニー
- 第1節 フランクフルトからロンドンへ
- 第3章 覚醒 1949―1968
- 第1節 ニューヨーク大学時代
- ニューヨーク大学教授に就任
- 『新しい社会』(1950年)
- ポストモダンの風景―因果から形態へ
- 教育者として
- GEクロトンヴィル研修所
- 『現代の経営』(1954年)
- 第2節 初来日
- 戦後日本とイメージ形成
- 経営ジャーナリズム
- 現代経営研究会
- 「猛烈」に受容した人々
- 1959年初来日
- 日本美術収集
- 学会からの乖離
- 経営者の責任
- インターミッション③ 「大工の言葉」の使い手_マクルーハン
- 第1節 ニューヨーク大学時代
- 第4章 転回 1969―1988
- 第1節 断絶
- 『断絶の時代』(1969年)
- 知識_新たな資源
- 「断絶」の由来
- 渋澤栄一
- アメリカ技術史学会
- 第2節 西海岸移住
- 転居
- カリフォルニア州クレアモント
- 『マネジメント_課題、責任、実践』(1973年)
- 故買屋フェイギンの泥棒学校
- ドラッカー・スクール
- 『傍観者の時代』(1978年)
- 『イノベーションと企業家精神』(1985年)
- インターミッション④ 失われた風景_小説『最後の四重奏』
- 第1節 断絶
- 第5章 回帰 1989―2005
- 第1節 ポスト資本主義
- 文明の特異点_ブレンナー峠
- 資本主義に正当性はあるか
- ポスト資本主義社会へ
- 「ある社会生態学者の回想」(1992年)
- 第2節 共生の社会へ
- 原点に還る
- 『非営利組織の経営』(1990年)
- 最晩年のパートナー
- 大統領自由勲章
- 彼は何者だったのか
- インターミッション⑤ 信仰生活
- 第1節 ポスト資本主義
- 終章 転生 2006―
- 死
- 遺産
- ドラッカー・インスティテュート
- 珠玉の水墨画_日本の美への愛
- 『もしドラ』ブーム
- ドラッカーの家
- 原風景
- あとがき
書籍紹介
ピーター・ドラッカーの生涯とその思想を深く掘り下げたものであり、彼のマネジメント理論がどのように形成され、発展したのかを詳細に描いています。
マネジメントの父の人生
ドラッカーは、多くの人々に「マネジメントの父」と称される存在ですが、この本では単なる経営理論家としての側面だけでなく、彼の人間性や思想の背景に迫っています。著者はドラッカーの生い立ちから始まり、ナチスドイツの時代を経てアメリカへ移住するまでの経験が彼の理論形成にどのように影響を与えたかを説明しています。
ドラッカーの理論
書中では、ドラッカーの主要な著作やその影響力についても触れられています。彼の理論は、企業のみならず非営利組織や公共部門でも応用可能であり、その普遍性と実用性が強調されています。特に、ドラッカーが提唱した「自己目標管理」や「知識労働者」の概念は、今日のビジネス環境においても非常に重要な視点を提供しています。
また、ドラッカーの思想は、組織の管理だけでなく、個々の人間の自己実現や社会全体の幸福にまで及んでいます。井坂氏は、ドラッカーが社会生態学者として、社会の変化を予見し、それに対応するマネジメントの重要性を説いた点を強調しています。
幸せを考える
ドラッカーの考え方に触れることで、単にマネジメントの技術を学ぶだけでなく、彼が真に語りたかった「人間の幸せ」について考える機会を提供します。最晩年の肉声に触れた著者が描くドラッカーの実像は、明るい本を書き続けた「マネジメントの父」に新たな光を当て、読者に深い洞察を与えることでしょう。
試し読み
※そのままの文章ではありませんが、試し読みする感覚でお楽しみください。
働きながら学ぶ

ハンブルクに住んでいた学生時代、「働きながら学ぶ」スタイルの萌芽がすでにみられていました。ウィーン大学の兼業学生から身を起こし、実務のかたわら博士の学位を取得しています。
職業を持ちながら知的活動を行うのは生やさしいことではありません。誰かの意見を受け入れるのではなく、汗水流して働きつかみとることが、思想を自分のものにできるのではないかとピーター・ドラッカーは考えました。
思索対象はどの場合でも、現実の労働の上に成り立っています。学問と実務に並行して取り組むときに、知力が活性化されることも若くして知ったのです。
「専業学生にならない」と心にきめて、労働現場で学ぶ人生を死ぬまで続けています。
ポスト資本主義社会へ

知的社会の中心は人である。知識は、通貨のようなものではない。本やデータバンクは単なる情報であって知識ではない。知識は人の中にある。人が教え学ぶものである。人が正しくあるいは間違って使うものである。それゆえ、知識社会への移行とは、人が中心になって社会の基盤になることにほかなりません。知識社会の代表者たる人間が、教育ある人に対し、新しい挑戦、新しい問題、更なる新しい課題を提起する。
『ポスト資本主義社会』(1993年)より
近年は手を動かすことを嫌う風潮も蔓延しています。テクノロジストは欠乏状態にあり、グローバル化と情報科が強まるほどにその傾向が強まっています。ピーター・ドラッカーは、肉体労働と知的労働への教育を施す日本の教育について期待をかけたコメントをいくつかのこしていました。