※ 毎朝、5分以内で読める書籍の紹介記事を公開します。
目次
書籍情報
ポケットと人の文化史
ハンナ・カールソン
ロードアイランド・スクール・オブ・デザイン(RISD)にて衣服の歴史などについて講義を行う。
ニューヨーク州立ファッション工科大学で衣服や織物の保存管理を学ぶ。
原書房
- はじめに
- 第1章 ポケットの起源 肌身離さず、こっそり携帯
- 初期のポケットは独立していた
- ブリーチズは「これ以上なく安全な倉庫」
- コッドピースは「ポケット代わり」?
- ポケットと暗殺
- 犯罪と新たなスキル:「倉庫へダイブ」
- ポケットは社会問題?
- 第2章 ポケットの普及「100人もの職人が作った品々」を収納
- ポケットつきスーツの隆盛
- 別のポケット
- ポケットの独占
- 第3章 ポケットの流儀「ポケットに手を入れて何をしているんですか?」
- 彼はポケットにさりげなく手を入れている
- 「現代的なゆるさ」を大衆へ_ホイットマンとのらくら者
- 近代の洒落者の流儀
- 第4章 ポケットの性差別「なぜわれわれは女性のポケットに反対するのか」
- 女性のポケットは現れては消える
- サフラジストがポケットの平等を要求
- 既製服とハンドバッグの大頭
- 「なんでもしまえる」ポケットをデザインする
- 対等のポケットを求めてつづく戦い
- 第5章 ポケット目録「そこには1ペニーも入ってない」
- 『最大の関心事』:少年たちのポケット
- 少女たちのポケット:優雅な指ぬきと事前行為
- 秘密を勝手に暴かない
- 「男の子のポケットのほうがまだましだ!」女性のハンドバッグの中にある宝物とゴミ
- 第6章 ポケットの遊び「二重の装飾価値」のためのデザイン
- 「ポケット、どこにでもポケット」
- パワースーツを飾るポケット
- 男性服のポケット:TPOに合わせる
- カーゴポケット:1990年代の象徴
- 第7章 ポケットユートピア ポケットのない世界を夢見て
- H・G・ウェルズのユートピア小説に見る未来のファッション
- つながった未来とスマートポケット
- 『ポケットがあるぞ!』
書籍紹介
女性とポケットの歴史
特に興味深いのが、女性の服にポケットがあまり見られない理由についての考察です。16世紀からポケットが服の一部として存在し始めたにも関わらず、なぜ女性のファッションからそれが欠けていたのか?カールソンは、女性のポケットの不在が、社会的な役割や公共の場での行動範囲を制限する手段として機能していた可能性を示唆します。ここには、女性の服装を通じたジェンダー規範の確認が見えてきます。
ビジュアルで学ぶ歴史
この本は図説という形式を取っており、フルカラーで数々の図版が掲載されています。これにより、読者は古代から現代までのポケットの変遷を視覚的に理解することができます。どのようなデザインが流行し、どの時代にどのようなポケットが使われていたのか、その背景にある社会的な変化や技術革新も一緒に学べます。
評価と反響
この本は、The New Yorker誌が2023年のベストブックに選定するなど、既に高い評価を受けています。文化史、ファッション史、ジェンダースタディーズに興味がある人にとっては必読の一冊です。また、日常生活の一部であるポケットを通じて、自分たちの文化や社会を見つめ直すきっかけを提供してくれます。
試し読み
※そのままの文章ではありませんが、試し読みする感覚でお楽しみください。
ポケットと暗殺
16世紀前半の重要な技術革新の一つ、ホイールロック式の登場により、ポケットにしまえるサイズの銃が可能になりました。従来、兵士が使用していた銃器は持ち運びにくく、火縄で火薬に点火するために立ち止まって作業する必要がありました。それに対してホイールロック式は、前もって装填し、いきなり片手で発砲することができます。
ポケットを犯罪の道具に使った犯人や強盗犯はそれほど多くなかったでしょう。しかし、武器を隠し持てるポケットの用途は衝撃的でした。1584年、オラニエ公ウィレム一世がホイールロック式拳銃で射殺されました。暗殺者はポケットから書簡を取り出して渡すふりをして発砲しました。身分の低い陰気な男性が、イングランドとスペインの権力バランスをひっくり返しかねない衝撃的な犯罪を起こせたのです。ポケットに隠し持ったものは、確かに自信を与えます。
ポケットつきスーツ
スーツの起源は1666年10月15日(月)と特定されています。この日はヨーク公の誕生日で、王と一部の廷臣が新たな装いで登場しました。王自らが発表した通りです。
ベスト自体が注目すべき工夫であり、重ね着の発想も新しかったです。王は膝丈のベストの上に膝丈の上着を重ねました。これが最初期のスリーピーススーツのアンサンブルで、上と下を紐や留め具で繋ぐのではなく、服を重ねることで成り立っています。このスッキリとしたラインは、イーヴリンがペルシャを連想した衣服であり、実際に広範囲な地域で着用されました。
上着とベストにポケットが付いたことで、本格的にポケットが普及し始めました。18世紀になると、ポケットの数、位置、仕上げの装飾に関する記述が驚異的に増えます。軍服のデザインを参考にして、ポケットや襟、袖口が金銀糸で縁取られ、ポケット部分には細かな刺繍が施されるようになりました。
手の置き場における警告
デッラ・カーサのような潔癖家から受け継がれてきたマナー「ポケットへ手を入れる悪い癖」をなくすことは残り続けています。1895年、英国の寄宿学校ハロウ校では全ての男児のポケットが縫い合わされていたそうです。
しかし、作家や芸術家などによって、フォーマルさの不在が徐々に定着するようになりました。体を締め付けない服が好まれるようになり、座り心地のよいふかふかのソファに寝そべったり、ダンスフロアを大股で歩くことも許容されるようになりました。
20世紀には、応接間で男女が交じって歓談しながら、ポケットに手を入れる紳士が増えていき、その慣習を警告する声もありました。社会的しきたりに属さない男性たちが、無造作に見せるためにこのポーズに頼るようになっていったのです。