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目次
書籍情報
嫉妬論
民主社会に渦巻く情念を解剖する
発刊 2024年2月29日
ISBN 978-4-334-10224-1
総ページ数 247p
山本圭
立命館大学法学部准教授。専攻は現代政治理論、民主主義論。
光文社
- プロローグ
- 映画『プレステージ』
- 休暇嫉妬
- 嫉妬が歪めるメッセージ
- 嫉妬心を煽るポピュリズム
- 権力者に利用される嫉妬心
- 嫉妬への愛着
- 本書が目指すもの
- 第一章 嫉妬とは何か
- 嫉妬の悪名高さ
- 嫉妬にまつわる物語
- 良性嫉妬と嫉妬
- なぜ嫉妬は主題化されてこなかったのか
- 嫉妬とは何か
- アリストテレスの嫉妬論
- 嫉妬はどのようなときに生じるのか
- 上方比較と下方比較
- 上方嫉妬と下方嫉妬
- 「相対的剥奪」とは何か
- サルを使ったある実験
- 嫉妬とジェラシー
- 欠如と喪失
- ルサンチマン
- シャーデンフロイデ_他人の不幸は蜜の味
- いかに妬まれないようにするか
- 「嫉妬の解剖学」_アメリカ人類学者の論学
- 四つの戦略
- 隠蔽
- 否認
- 賄賂
- 共有
- 嫉妬恐怖は果てしなく続く
- 自分が嫉妬していると他人に思われる恐怖
- 自分が嫉妬していることを自分で認める恐怖
- 道徳羨望_なぜホワイトカラーがブルーカラーに嫉妬するのか
- 嫉妬の経済学
- 累進課税は嫉妬の産物か
- 第二章 嫉妬の思想史
- 嫉妬感情の捉え方について
- 快楽と苦痛の混合 プラトン
- 嫉妬者の戦略分析 イソクラテス
- 嫉妬と憎しみ プルタルコス
- 嫉妬と愛 トマス・アクィナス
- 嫉妬の効用? フランシス・ベーコン
- 嫉妬・背恩・シャーデンフロイデ イマニュエル・カント
- 教養人の嫉妬 バーナード・マンデヴィル
- 劣位者への嫉妬 デイヴィッド・ヒューム
- 人間嫉妬起源論 ジャン=ジャック・ルソー
- 嫉妬のチームプレイ ショーペンハウアー
- 競争と嫉妬 ニーチェ
- 「非-嫉妬の政治」の可能性とは マーサ・ヌスバウム
- 正真正銘の悪徳 福沢諭吉の「怨望」論
- 嫉妬は平均を目指す 三木清の嫉妬論
- 第三章 誇示、あるいは自慢することについて
- 不愉快な自慢話
- ジラールの「羨望の三角形」
- 誇示・自慢についての考察
- プルタルコス「妬まれずに自分をほめることについて」
- いかにして自慢することを避けられるか
- 分け前を伴う誇示
- 「度量の広い人」と「度量の狭い人」について アリストテレス
- 威信のための消費
- 富を華々しく浪費すること
- 奢侈について
- 奢侈論争
- 「誇示的閑暇」「誇示的消費」
- 誇示の民主化と誇示者の孤独
- 現代人を支配する「他社指向的性格」 リースマン
- ソーシャルメディア時代の誇示
- 私的な事柄が露出される時代
- 「真正さ」の問題とは何か
- 誇示と資本主義の関係
- 第四章 嫉妬・正義・コミュニズム
- ビョードーばくだん
- 正義の仮面をつけた嫉妬心
- 正義と嫉妬
- ロールズの『正義論』
- 「原初状態」とは何か
- 原初状態から排除される嫉妬
- 第80節「嫉みの問題」
- 第81節「嫉みと平等」
- 「正義という地獄」 小坂井敏晶の批判
- あるスロベニアの物語 スラヴォイ・ジジェクの批判
- 格差の減少がますます嫉妬をかき立てる
- 嫉妬は場所を選ばない
- コミュニズムと嫉妬 オレーシャ『羨望』
- 弱者の正義?
- イスラエルのキブツで起きた「平等主義のジレンマ」
- 現代のコミュニズム論が見逃しているもの
- 第五章 嫉妬と民主主義
- 嫉妬は民主主義をダメにする?
- 民主社会で本領を発揮する嫉妬
- 民主主義とは何か
- 嫉妬心のはけ口としての陶片追放
- アリステイデスの追放 プルタルコス
- 嫉妬と平等
- ロールズとフロイト
- 嫉妬は偽装する
- トクヴィル『アメリカのデモクラシー』
- 移動性への妬み ガッサン・ハージ
- 「ドツボにはまっている」という感覚
- 嫉妬と水平化 キルケゴール
- 承認欲求 フランシス・フクヤマの「気概論」
- メガロサミアとアイソサミア
- 水平化の行く末
- 嫉妬の故郷としての民主主義
- エピローグ
- 私の嫉妬は私だけのもの
- 嫉妬による世直し
- メリトクラシーの問題点
- 嫉妬に体制のある社会を
- 自信と個性を持つこと 三木清の解決
- 嫉妬の出口 徹底的に比較せよ
- あとがき
紹介
私たちが日常で感じる「嫉妬」という情念を深く掘り下げ、その根源と民主社会における役割を解析しています。
嫉妬は多くの人が感じる感情でありながら、公に語られることは少ない。山本圭氏は、このタブーに満ちた感情を社会学的、心理学的視点から明らかにしています。嫉妬が単なる個人的な弱さや短所ではなく、実は民主社会の根幹をなす競争原理と深く結びついているとの説明です。嫉妬は私たちが生きる社会システムそのものから生じる必然的な産物であると論じています。
本書は、日々の生活で感じるさまざまな感情の背後にある社会的な構造を理解する手がかりを提供します。嫉妬という感情を新たな視点から捉え直し、それを自己理解や社会的な洞察の源泉として活用することを促す一冊です。読後は、自らの感情を見つめ直し、より豊かな人間関係を築くためのヒントを得ることができるでしょう。
嫉妬の経済学
嫉妬心が最も露骨に現れるのは、お金が関係する場合です。例えば、同期間の給料の差に一喜一憂することは、私たちにとって日常的な光景です。
税金については、所得が多い人ほど多くの税を納める累進課税の考え方が受け入れられやすいでしょう。
しかし、累進課税による公平性の追求が貧者の嫉妬心と関連づけられることもあります。この考え方では、富裕層も貧困層も同じ比率の税金を納める比例税が提案されることがあります。
社会的正義や公平性を批判する際に、大衆の嫉妬心を利用する手法は、保守的なイデオローグの間でよく見られるレトリックであることに留意する必要があるでしょう。
嫉妬と個性
愛が対象の特異性に向けられるのに対し、嫉妬はあらゆる差異を量的なものに還元してしまいます。
三木清によれば、「嫉妬は他を個性として認めること、自分を個性として理解することを知りません。一般的なものに関してひとは嫉妬するのです。これに反して愛の対象となるのは一般的なものではなくて特殊的なもの、個性的なものとなっています。」とのことです。
このように、対象のかけがえのなさという価値観は、嫉妬する者には存在しません。彼らはただ、相手が自分よりも多くを持っているか少ないかにのみ関心を持ちます。
嫉妬はすべての公事を私事と解して考える
三木は嫉妬心は公的な場ではなく、私的な感情であると説明します。これは、嫉妬としばしば混同される功名心や競争心とは異なる点です。
他人指向的性格
現代人のあり方を、デイヴィッド・リースマンは新しい社会的性格として「他人指向的性格」と呼んでいました。
他人指向型に共通するのは、個人の方向づけを決定するのが同時代人であることだ。この同時代人は、かれの直接の知りあいであることもあろうし、また友人やマス・メディアをつうじて間接的に知っている人物であってもかまわない。
……
他人指向型の人間がめざす目標は、同時代人のみちびくがままにかわる。かれの生涯を通じてかわらないのは、こうした努力のプロセスそのものと、他者からの信号にたえず細心の注意をはらうというプロセスである。
(デイヴィッド・リースマン『孤独な群衆(上)』)
現代社会において、人々は他者の評価を極めて重視しています。デイヴィッド・リースマンは、人々が自分の社会的地位を気にかけ、絶えず他人と自己を比較していると述べています。これは、常に不安を感じつつも、他者からの承認を切望する現象です。
この性格類型は1950年代のアメリカで特定されましたが、広く現代社会全般に適用される普遍的な傾向として指摘されています。
格差の減少が嫉妬を呼ぶ
アメリカの政治哲学者ジョン・ロールズは、公正な社会では経済的格差が過度にならず、その結果、人々が過剰に嫉妬することはないと考えています。
ロールズによれば、公正な社会秩序下では、嫉妬の感情は抑えられるとされます。しかし、格差の減少が必ずしも嫉妬を減らすわけではない、というロールズの理論を疑問視する声もあります。
本書で相手にしている嫉妬とは、改善の見込みが立たない格差によって生じるものではなく、他人の成功や幸福に対する不合理な感情を指します。
人に他人の不幸を喜ぶ気持ちシャーデンフロイデがあるのは明らかであり、人々の嫉妬感情は、巡礼地という神に近い場所でもあっても生じます。嫉妬心はあるし、場所を選ばないのです。