※ 毎朝、5分以内で読める書籍の紹介記事を公開します。
※そのままの文章ではありませんが、試し読みする感覚でお楽しみください。
目次
書籍情報
運び屋として生きる
モロッコ・スペイン領セウタの国家管理課の「密輸」
発刊 2024年3月15日
ISBN 978-4-560-09278-1
総ページ数 232p
石灘早紀
毎日新聞社記者、在モロッコ日本国大使館派遣員を経て、国際開発コンサルティング会社勤務。
白水社
- はじめに
- 序章 「密輸」を研究する
- 第一章 二人の王様にとっての爆弾
- アフリカ大陸のヨーロッパ
- 歴史的背景
- 例外状態にあるセウタ
- 移民の経由地
- 「モロッコはテロリスト輸出国」
- 鍵を握る西サハラ問題
- 「外交カード」と飛び地領
- 第二章 容認された「密輸」
- 「密輸」の始まり
- 組織化された「密輸」
- 運び屋とは誰か
- なぜ容認されているのか
- 「密輸」の弊害
- 第三章 管理するスペイン
- 「密輸」の問題化
- 「密輸」専用通路の設置
- スペインによる規制強化
- 「重ね着密輸」の本格化
- 第四章 「密輸」に依存する町
- セウタ
- フニデクの「密輸」品スーク
- カサブランカの闇スーク─
- メリリャとナドール
- 第五章 根絶をめざすモロッコ
- 根絶に向けての舵取り
- 窒息するセウタ
- 運び屋の生存戦略
- コロナ以降の国境
- 終章 運び屋として生きること
- あとがき
紹介
モロッコとスペイン領セウタの国境地帯で密輸を生業とする人々の生活と苦悩を描いた社会学的研究です。国境を隔てた二つの国の経済的・社会的格差が生み出す独特の生活様式や、密輸という行為がいかに地域社会に根ざしているかを詳細に分析しています。
現地での長期にわたるフィールドワークを通じて、運び屋たちの日常生活や彼らが直面する困難、そして彼らが国家管理の網をかいくぐるための知恵と技術について克明に記述しています。
国境地帯の社会経済的な現実と、そこで生きる人々の知られざる生活から、構造的問題を示唆する学術書です。
世界に広がるモロッコ人
モロッコ高等計画委員会によると、2020年時点で海外に住むモロッコ人は540万人に達しました。海外に住むモロッコ人からの送金は、2021年には90億ドルを超え、モロッコの国内総生産(GDP)の7.3%を占める重要な経済源となっています。この事実は、外務省の名称が「外務・国際協力省」から「外務・アフリカ協力・在外モロッコ人省」へと変更されたことからも、在外モロッコ人の重要性がうかがえます。
モロッコ人移民は主に欧州へ向かいますが、アメリカ、アラブ地域、アフリカにも広がっています。しかし、問題も存在します。「イスラム国」が各国でテロを起こしていた時期、モロッコ国内で感化され、戦闘員になった人々が1600人以上いたとされています。一部の実行犯はモロッコを離れてからテロの容疑者に「洗脳」されるケースがあり、これはモロッコだけでなく育った国にも焦点を当てるべきとモロッコ側は主張しています。
EUは、対テロ分野においてモロッコとの関係を重視しています。モロッコは北大西洋条約機構(NATO)のパートナーとして協力関係にあり、「モロッコの諜報機関の介入によってスペインは複数のテロを回避することができました」などの報道が故意に行われることがあるようです。
運び屋とは誰か
多くの場合、運び屋として働く人々は、35歳から60歳の女性で、貧困層に属しています。離婚や死別により配偶者を失ったり、多産や失業によって経済的に苦しんでいるケースが一般的です。
密輸の運び屋となる背景には、失業者などが直面する厳しい現実があります。フォーマルな労働市場へのアクセスが限られている女性や、身体的、視覚的障がいを持つ男性など、労働市場から疎外されがちな人々がこの仕事に就くことがあります。
大半を占める女性運び屋は、50キロから100キロの重い荷物を背負って運ぶという肉体労働を担います。このような状況は、一見すると論理的ではないように思えますが、文化的な条件や社会的認識が影響しています。
例えば、商品をスーツケースなどに詰めて運ぶ際、女性は目立ちにくいとされ、役人からの寛容な扱いを期待できると信じられています。セウタとの国境地帯では、男性よりも女性の方が麻薬や金といった違法物の運搬に関して疑われにくいという現実があります。
スペイン直輸入の商品
ムスタファはモロッコのフニデクにあるバスターミナル近くの広場で露天商として活動しています。この場所は、様々な商品がビニールシート上に展示されて売られている露天市場となっており、古着、食料品、電子機器、SIMカード、雑貨などが見られます。
彼はジーパンを1本50ディルハム(約550円)で販売しており、これらのジーパンにはスペインの有名ブランドのタグが付いています。タグには7.95ユーロ(約1000円)と表示されているにもかかわらず、ムスタファの販売価格はそれよりも安いです。
これらの商品は、2018年の時点でセウタからモロッコへの新品衣料品の密輸が禁止されているにも関わらず、「重ね着密輸」という手法を用いて持ち込まれたものです。ムスタファは密輸された衣料に再びタグを付けて販売しており、タグの値段と販売価格の差は、この背景から生じています。
運び屋の生存戦略
セウタとモロッコの国境地帯では、30年以上にわたり「密輸」が多くの人々の生計の源となり、地域の主要産業の一つに発展していました。しかし、2019年10月にモロッコが密輸を根絶するために専用通路タラハル・ドスを閉鎖したことで、密輸に依存していた多くの人々は生計手段を失いました。
フニデクから離れることを選んだ人々は、自宅を売却し、新たな地で小売店の販売員など異なる職に就きましたが、そうした選択ができたのはごく一部です。
スペインによる規制強化に伴い、「重ね着密輸」という新たな密輸手法が登場しました。これは、商品を身につけて一般通路を通って運ぶ方法で、タラハル・ドスの閉鎖以前は、旅行客の目から運び屋の姿を隠すために設けられていました。この閉鎖により、運び屋は再び一般通路を利用するようになりました。
モロッコ側からセウタへの長い待ち行列や、セウタから帰国する女性運び屋の様子が露わになりました。これらの女性は、重ね着した衣服や下着(ブラジャーやパンツといったものまで)の商品を取り出し、待機していた男性に渡して報酬を受け取ります。
また、毛布などの「密輸」については、トラックなどで行われるのが普通です。彼らは、毛布に挟んである賄賂を受け取ることで、輸入することに成功しています。これは、賄賂として渡すためのお金、車、運転免許といった参入障壁があるため、誰もができるものではありません。