フランス文学と愛

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※そのままの文章ではありませんが、試し読みする感覚でお楽しみください。

はじめに

 第一次世界大戦前まで、フランス語がヨーロッパの共通語として機能していたころ、「愛」の観念が特別なものとみなされていました。フランス人自身が半ば当然のようにそう考えていたし、ヨーロッパの他の国民もまたそう思っています。

 強力に共有されるに至ったのは、ひとえに文学の影響によるものです。フランス文学は取り直さず深く浸透していき、教育装置として極東にまで及びました。

 出発点は17世紀です。アムールを軸に回転するものとしてフランス文学、フランス文学を成り立たせる近代的な条件が整ったと考えられている時期になっています。

書籍情報

タイトル

フランス文学と愛

第1刷 2013年12月1日

発行者 鈴木哲

発行 (株)講談社

ISBN 978-4-06-288228-6 

総ページ数 272p

著者

野崎歓

日本のフランス文学者、東京大学名誉教授、放送大学教養学部教授。専門はフランス文学、映画論。

出版

講談社現代新書

もくじ

  • はじめに
  • 第一章 太陽王と恋の世紀
    • 太陽王の肖像
    • 雅びの道
    • 才女たちの見る夢
    • 義務と恋愛
    • 呪いの炎
    • 寝取られ亭主の問題
    • 結婚の理想と現実
    • 恋愛結婚の礼賛
    • 反ギャラントリー
    • 恋愛との決別
  • 第二章 快楽の自由思想
    • 表紙の誘惑
    • 摂政と極道たち
    • 愛の支配力
    • ファム・ファタルの世紀
    • 好色文学と哲学
    • フィロゾフたちの愛
    • ルソー、真実の愛
    • 結婚はいかにあるべきか
    • 支配への欲望
    • サド侯爵と清純派
  • 第三章 感情教育
    • 大革命のあと
    • モーパッサンの老婦人
    • 十九世紀とは何か
    • 「坊や」の登場
    • 会話力不足
    • 母親の胸
    • 「彼の女」と「わが奥方」
    • 至福のとき
    • 心身二元論
    • 干からびた果実
    • 「幻」のゆくえ
  • 第四章 結婚と愛
    • 十二世紀の判決
    • 地獄のほうがまし
    • 愛のある結婚に向けて
    • 二つの道
    • 結婚、家庭、国家
    • 不幸な結婚のリアリズム
    • 不幸を希求する小説
    • 不幸な夫
    • 不穏な妻
    • エロティシズム
    • ささやかな真実
    • 愛から殺人へ
    • 限界を超える小説
    • 愛に満ちた結婚は何処に
  • 第五章 親子の愛
    • 母性愛の神話
    • 子供の不在
    • 子供の全面肯定
    • 母から娘へのラブレター
    • 父親失格者の弁
    • 失われた子供を求めて
    • ユゴーと幼児
    • 虐げられる親たち
    • 虐げられる子供たち
    • 愛の鞭
    • 作家への道
    • 子供への愛とは何か
  • 第六章 解放と現在
    • 十九世紀との決別
    • 女たちによる愛の奪還
    • 不可能な愛
    • 強奪と恍惚
    • オートフィクション
    • 聖家族
    • 黄昏のセクシュアリティ?
    • 革命のあとに
  • おわりに

結婚の理想と現実

UnsplashColin Maynardが撮影した写真

 17世紀当初の小説は恋人同士の洗練されたやり取りやさまざまな試練、冒険の物語で延々と引っ張った末に結婚というハッピーエンドが定番でした。

 分解寸前の夫婦がドタバタを繰り広げ、熱愛モードの若者が父親に別の男を紹介するなどをして邪魔します。押しつけられた男と強制的に結婚されそうになるところ、ドタバタ夫婦の意外な働きもあって、ぎりぎりのところでハッピーエンドというわけです。

 結婚のイメージが、幻滅した印象と、夢や憧れ身に満ちた印象とが同じ舞台の上で共存しています。

愛の支配力

Image by Майя from Pixabay

 17歳の若き貴族シュヴァリエ・デ・グリューが美少女マノンと出会って、堕落の道を落ちていく物語『マノン・レスコー』(アベ・プレヴォ:1731)は、ルイ15世即位にかけての時期にフランスに浸透していきました。

 主人公のシュヴァリエがマノンと出会ったのは、アミアンの学校を優秀な成績で卒業し、両家の子弟を集めるパリのアカデミーで社会に出る仕上げをしようというときでした。

 出会うやいなや、いきなり「意中の恋人」と決めているところで、愛の目覚めの唐突さをよく伝えています。

 シュヴァリエは監獄に閉じ込められたり、彼の意図しなかった形で殺人を犯したり、前途有望な青年としては想像もつかなかったはずのご乱行に及んでしまいます。

 「贅沢と快楽に目がない」彼女が、美貌に引かれて金銀宝石を積まれたことによりシュヴァリエのことをキレイに忘れ去ってしまうという不実さが起こした事態です。

 こんなバカげたありさまに嵌まりこんでこそ、恋の支配力を知ることになるのではないでしょうか。

愛から殺人へ

Image by PublicDomainPictures from Pixabay

 夫婦間のダークサイドを目の当たりにすることは、子どもにとっては傷を与えます。その事実を描いているのはモーバッサンの短編「ガルソン、もう一杯」(1884)です。

 伯爵家の御曹司だった彼は13歳のとき、庭の木陰から両親の喧嘩をみてしまいました。父が怒り狂い、倒れた母親にまたがって顔面を殴り続けます。そんな経験を受けた彼は、頭が禿げ散らかしていて、不潔ただよう格好をした、くたびれた33歳となっていたという物語です。

 エミール・ゾラは、この短編をモデルにフランス小説を切り拓いています。夫婦の不和をめぐる実体験があったかは定かではありませんが、出世作『テレーズ・ラカン』からすでに、彼が男女の愛が憎悪へ、殺人へと変質し転落していくその決定的過程をとらえることに腐心していたことはうかがえます。

不可能な愛

Image by Hitesh Choudhary from Pixabay

 映画『ヒロシマ、わが愛』(1959)のヒロインは、広島を訪れた女優です。

 情事の後で日本人の音にこんな風に語り掛ける。

 あなたのことを思い出す。あなたは私を殺す。あなたは私を幸せにしてくれる。

 愛欲のセリフというには奇妙な響きです。愛と自我のそうし、そして幸福の観念を混ぜ合わせた不思議な文章を紡いでいるのです。

 過去の悲痛な記憶、ドイツ兵との恋愛の記憶を蘇らせる女性に。男もまた、その幻想に合わせてドイツ兵であるかのようにふるまってみせます。

 不可解な同一化に支えられた情事に与えられた名前が『ヒロシマ、わが愛』なのです。

あとがき

 「フランス語は愛の言葉」とは、いかにも紋切型ないい方です。その言語が描き出してきた精神と感性のラディカルな運動には、我々を驚かせたり、呆れさせらりしながら、大いに鼓舞してくれる力が宿っています。

 そのことを多少とも実感してくださるなら、著者としてはとても嬉しく思います。

感想

サイト管理人

サイト管理人

 ラブロマンス、ラブコメ、愛憎劇、という進化をとでてきたラブストーリーだそうです。

 今の時代だと、ただのラブコメで間に問題を挟み展開から転結までを楽しむ物語だと、学生までの人たちの一握りくらいにしか響きません。愛に裏切られるくらいは定石だとして、そこからサイコパスに変貌を遂げて、街中のカップル共にターゲットした殺戮を繰り返すヴィランが誕生。そこから、スーパーヒーローの格闘と、よくわからない世論の誹謗中傷を受けて、スーパーヒーローが最終的に勝つものの波紋は残ったまま。みたいなものを2時間いかないくらいにギュッと濃縮したストーリー展開がないと一般人が満足できないくらいにメディアが進化しました。

 全ては17世紀のラブストーリーから発展してきた文学であると言えるかもしれません。フランス文学と濃厚な愛の勉強はいかがでしょうか。

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