※読んだ本の一部を紹介します。
※そのままの文章ではありませんが、試し読みする感覚でお楽しみください。
はじめに
現代の社会科学者の見解はいざしらず、社会科学の古典といわれる著作、政治学、経済学、社会学といったジャンルを創設した偉人たちの残した研究には、現代でも直接通用するような深い洞察がたくさん含まれています。
目次
書籍情報
タイトル
奇跡の社会科学
現代の問題を解決しうる名著の知恵
著者
中野剛志
評論家。政治経済思想専門。
出版
PHP新書
分かっていることから始める
18世紀のイギリスの政治家
エマンド・バーク(1729-97)の保守思想
「この国の伝統を守りつつ、改革を行うべきである」
既存の政策にとらわれないラディカルなアプローチの方が印象に残るので、優れているように思えてしまいます。実際にラディカルな政策のの方が好まれることが多いのです。
しかし、現代社会は複雑であり、想定外のことが起こります。まるきり新しい政策を立てて、あらゆる可能性に対して、最善を尽くせることなどできないのです。
はっきりとしていることは、既存の政策がどのような結果をもたらしているかになります。
何事も、分かっていることから始めた方が良いのです。新しい政策を決定しようとするときは、既存の政策から出発することになります。この場合、新しい政策は、既存のものを改善したものになるので、既存の政策と大きく変わることはありません。
チャールズ・リンドブロムという社会科学者が提唱した理論では、既存のものを改善する方法が、スピーディに問題を解決できると主張しました。
白紙の状態から検討を始めるには時間がかかりすぎて、利害の調整ができません。既存のものの改善を繰り返していき、現代社会を変えて行く方が、遅くて変化に乏しいように見えて、確実で早く大きな変化を社会にもたらすことができるのです。
独裁の反対は自由になります。時間をかけて少しずつ改善する「回り道」こそが、自由の条件だという理論です。
自己調整的市場の観念
経済人類学者
カール・ボランニー(1886-1964)
1944年『大転換』より
「精巧な機械設備がひとたび商業社会で生産に用いられるや、自己調整的市場の観念が必然的に姿を現すということ」
「人間は物質的財貨を所有するという個人的利益を守るために行動するのではない。人間はみずからの社会的地位、社会的権利、社会的資産を守るために行動する。人間は、この目的に役立つ限りでのみ物質的財貨に価値をみとめるのである」
ポランニーの言う「自己調整的市場の観念」とは、自由主義が信奉する市場原理のことです。市場には、需要と供給を自動的に調整する価格メカニズムがあります。
商品を欲しがる人が多ければ商品の価値が上がり、より多くの商品が出回れば商品の価格は下がるのです。
産業革命が起きる前は、経済が生活全体を動かすということはありませんでした。社会における上下関係で施しがあったり、協力して生産した財を共同体の中で分け合うこともあったのです。
本来、経済活動は、営利目的や利潤動機以外にも、社会目的や社会的動機があります。
ウクライナ侵攻のわけ
イギリスの外交官・歴史家
E・H・カー(1892-1982)
1939年『危機の二十年』より
「政治過程は、リアリストが信じている様に、機械的な因果法則に支配された一連の現象の中にだけあるのではない」
「政治学は理論と現実の相互依存を認識し、その認識の上に築かれなければならないのである。しかもこの理論と現実の相互依存は、ユートピアとリアリティの相互連関があって初めて得られるものなのである」
E・H・カーは『危機の二十年』の中で、国際政治学の思想潮流をユートピアニズムとリアリズムに分けました。
第一次世界大戦後の国際秩序がユートピアニズムに基づいて構築されたがために失敗に終わり、国際政治の危機を招いたと論じています。
ユートピアニズムを改めて説明すると、民主主義や貿易の自由などの普遍的な価値観を広め、国際的なルールや国際機関を通じた国際協調を推し進めれば、平和で安定した国際秩序が実現するという理論のことです。
対して、リアリズムは、国際秩序を成り立たせているのは、民主主義や貿易の自由といったリベラルな制度や価値観ではなく、軍事力や経済力といったパワーのバランスであるとする理論になります。
ロシアによるウクライナ侵攻もまた、アメリカのユートピアニズムの失敗だと考えられているのです。冷戦後、国際秩序の形成を目指し、1997年からNATO(北大西洋条約機構)の東方拡大を図り、旧東側諸国をNATOに加盟させてきたのです。
NATOの東方拡大について、ジョージ・ケナンは否定してしました。「ロシアの世論の国枠主義的、反西側的、軍国主義的傾向を助長し、ロシアの民主主義の発展を逆行させ、東西冷戦の雰囲気を復活させ、ロシアの対外政策の方向性を我々の望まない方向へと向かわせるだろう」と予言しました。恐るべき洞察力です。
国境を接したウクライナがNATOやEUに加盟しアメリカ側につくことは、自国の存在に対する脅威となるとプーチンは考えています。ロシアの安全を脅かそうという意図はなくても、ユートピアニズムの価値観に過ぎません。ロシアからすれば、安全保障上の脅威にほかならないのです。だからプーチンは、ウクライナに侵攻しました。
「失われた30年」とは
1990年代以降の改革が失敗した理由は、社会科学の伝統を踏まえていなかったからではないでしょうか。
社会科学の蓄積を知らないから、国や組織を簡単にかえられると甘く考えているのです。
偉大な先駆者たちが明らかにしてきた洞察を学んでいれば、失われた30年間の在り方は変わっていたのではないでしょうか。
思い付きの政策や改革などを試しているような余裕は、我が国にはないのです。
感想
サイト管理人
現代の問題の解決に、古典の社会科学の論理を参考にしようという考えです。
結果が見えない新しい政策を考えるよりは、古典で証明されている学問を参考にしようという思いが伝わります。
外国からみると、だいぶ違った見方をされることが多々あります。相手からしたら、全く違う景色が見えていることもあるのです。
明確な答えなどは記させていませんが、苦難の時を生きた学者から「世の中、白黒はっきりしていない」ということを学べる本になっています。